タカボーのボッチライフ 独身男性の気ままな日常ブログ

何度も何度もやり直すタカボーの独りぼっち独身男性の気ままな日常の中で目に付いたものを毎日23時に更新していきます!

転職後1年 今の気持ち

時間が流れるのは思ったよりも早いという言葉がありますが、かなり我慢した1年でした。

転職後1年が経過

2025年の10月から今の職場になって、ようやく1年が経ちました。

人とのかかわりを捨て、休日は家に引きこもり、出来るだけお金を使わず、自炊し、少しでも早く終わりが来ることを願いつつ過ごした1年でした。

何度も感じたのは、減りに減った自分の年収であり、月給であり、お金を意識してしまう1年でもありました。

節約して人付き合いを減らした結果が1年で130万円の貯金に

だいたい毎月10万円ずつは貯金でき、そこに半年後から少しだけ出たボーナスにも手を付けずにいたら、気付けば130万円は貯まっていました。

やはり、人との付き合いを減らせば、あっという間にお金は残りますし、無駄なものにお金を使う事もなくなった分、より一層、貯まっていくのが目に見えてきました。

ただ、昔の年収なら単純に2倍近くあった分、200万円以上は貯金できたと思うと、かなり、いまの状況はつらいと感じざるを得ません。

断捨離もして更に身軽に

この間、かなりの不用品を売却し、部屋の中に物を残さない生き方にしていく事を決め、欲しいものリストを何度も更新している間に気付いたのは、本当に必要なものは日用品と食費だけである事にも気づきました。

誰かに会うわけでもないので、仕事着だけを残し、休日は出来るだけ外出を控えれば、服代は勿論、外食費もかからず、部屋にいる間も、出来るだけ電気を使わなければ、電気代も圧縮できます。

今更気付いたのは、世のお金がないと言っている人の多くは贅沢し過ぎているのではないかと思う事が増え、年金問題など以前に、今の世の中裕福になり過ぎているとも感じ始めてきました。

転職活動を再度するかどうか

今一番悩んでいるのが、改めて、転職活動をするのかという事です。

この1年間、気付けばかなり貢献した結果を出し、今の結果をもって、過去の経験を提示すれば、間違いなく、年収アップで転職が出来るという確信が私にはあります。

残念ながら、今の会社ではそんなに簡単には給与を上げる事が出来ないようで、年間休日は多く、働きやすい環境でもある分、給料と昇給制度だけがネックになっているとも感じています。

早く終わりが来てくれるなら転職する必要はなくても

あと数年で終わりが来てくれる、そういうわけにはいかない、そんな事も今は感じていますし、なんだかんだと言って、今の世の中、お金がないと何もできません。

単純に今のペースで貯蓄をしても、先日の独身税の徴収や、この9月からの雇用保険の負担額の増加に加え、物価高騰の速度を見ている限り、この次の2年目では、130万円の貯金は難しいと感じています。

ボーナスを当てにする様な貯金の仕方はしたくありませんし、現状振り絞っても、年100万円程度が貯金の限界だとすると、定年と言われる60歳までの20年で何とか2千万円は貯金できても、この物価高の速度だと、3千万円は必要でしょう。

そうなると、今の収入では不足しますし、投資をしていったとしても、たった20年での福利の効果は、今後の社会情勢が変化する事を考えると全く当てにならないどころか、下手をすると損失を生む可能性すらあるはず。

独りで良かったと思う

最終的に、自分が家族を持っていない事、今の自分を考えると、良い判断だったと思ってしまっています。

身内はかなりしんどそうに子育てをしていますし、不倫や離婚の話も、さすがに40歳を目前にすると周りで少しずつ耳にするようになってきました。

悲しいけれど、人は変わりますし、誰も信じてはならない、最終的な判断は自分自身でした方が良いという事は、だれも否定できないでしょう。

今日はきっと良い日になる、明日はもっと良い日になる

最近、仕事に向かう前に、鏡の前で声に出して必ず言っているこの言葉。

言い聞かせるしかない。

そう持っていくしかない。

良い日に出来るかは、小さい事にも気づきを感じ、自分を律し、喜びを見出し、災いを災いと感じない気持ちにさせる必要があると思っています。

ケセラセラと言い続けてきましたし、実際、なるようにしかならない。

それは本当の事ですが、少しでも、自分をポジティブに持っていける様に、自らが出来る事をしていきたいものです。

10月中にある面談で判断を

ちょうど良いタイミングで評価面談などがあるので、その時にどういった提示をされるかで、今後の事を更に考えて行こうかと。

少なくとも、ちゃんと半年分のボーナスがまともに出る今年の12月にはいたいですし、転職活動をするにも、今の私が次のステップとして選びたい場所も相当苦戦している状況ですから、どちらにせよ、直ぐには動けないですから。

今は、1年間、仕事を定着する事が出来た自分を褒め、そうした環境を与えてくれている今の会社に感謝し、少しずつ頃合いを見計らう方向でいこうと思います。

少なくとも私は週に1回お刺身定食が食べれれば今はそれでいいのかもしれない。

そんな事を思いながら、年末まで、なんとか時を過ごしていきたいと思います。

 

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

少しずつ、少しずつ、出来る事を積み上げていきますので、またよろしくお願いいたします。

 

全てが嫌になっても

気付けば9月。

今月が終われば今の仕事が1年継続できたことになります。

全てが嫌になっても

命がある限りは生きてしまう事。

やらなければならない事なんて本当はないのに無理をして理由を作って生きている事。

家族とすらも連絡を取らなくなって、そして、誰からも連絡が来なくても、存在はしてしまう事。

全てが嫌になっていっています。

断捨離をしても

結局物を減らしても、別段何かが変わるわけでもなく、いかに無駄なものが多く、まだまだ処理したいと思う自分がいる事に気付きました。

意味の無い事や意味のないものにお金を使い、意味のない人間関係に時間を浪費し、消耗して生きて来た事を、改めて再度確認していく事が増えました。

断捨離をして一部のミニマリストと呼ばれる人たちは気分が変わったかもしれませんが、私は正直、それすらも無駄だったと感じています。

プライドもなくしても

攻撃的だった自分はもういなくて、人に合わせようとする自分がいて、それを俯瞰してみてしまう自分が嫌で、気持ち悪くて仕方がありません。

流されるままに、相手がどう思っていても、私はもう何も感じないし、出来るなら人と関わりたくもない。

けれど、仕事、お金、時間つぶし、この為には、気持ち悪くても続ける必要があるんだと感じています。

社畜と呼ばれていた自分よりも

今の時代、勘違いしている人がいて、時間をつぎ込めばいいと思っている人が多い気がしています。

過去の自分は、仕事に対する情熱だけは立派なもので、誰よりも会社を愛していたと自分では思えるくらいに、心血を注ぎこんでいました。

今、同じように働いているつもりになっている人を見て思うのは、ただ効率が悪いだけ。

立場がその程度でそれだけの時間を使うなら、もう上には行けない事を、本人は自覚していないだけだと感じてしまいます。

休日に一人でずっといて思う事として

これって生きていると言えるのかな。

そう思う事が増えました。

生きながらにして既に死んでいるとも感じ取れますし、もうやりたい事もなければ、私はやり切って生きて来たし、変えられないものの方が多い。

明日もし壊れても、世界が終わっても、たぶん何も思わないでしょう。

それ位に、私の人生はリセットされるまで充実していましたし、フルコミットして走っていました。

頼むから早く終わりが来ればいい

そう思う日が毎日、毎時間あって、でも、最後にいつも言う言葉があります。

大丈夫、もう既に終わっているから。

そう思い込ませて、生きるしかない。

自分をコントロールするしかない。

誰も何も何処にもないのだから。

自分で自分を律する事を、少なくとも命が終わってくれるまでは繰り返していきます。

 

あと少し、そう言い聞かせるのも、大変だ。

 

早く

気付けば1ヶ月半も放置していました。

残念ながらまだ生きています。

早く終わりが来て欲しい

そう何度も思ってきましたが、いよいよそういう考え方でもなくなり始めました。

生きているのか死んでいるのかももうわからない。

自分は何処から来て何処へ向かっているのか。

考えること自体をやめて行っている

それが今のリアルな自分であると感じています。

誰も何も何処にもないのに、どうして生きようとするのか。

それは生物だから。

それ以上でも以下でもない事。

それを少しずつ感じているうちに、文章を書くという本来当たり前の事の様に自分がして来た事すらも出来なくなっていました。

周りを見渡しても何も見つからない

捨てたものが多くて、いつの間にか、あれも捨てたんだな、そう思ったりする事も増えました。

自分の事なのにもう他人の事の様に感じる事が増え、何か失敗してもどことなく、ふわふわしている自分がいる。

常々思うのは、一度壊れたらもう元には戻らないというのが現実だという事でした。

大好きな作家である東野圭吾さんが亡くなられた事

人はいつか終わりが来る、それは誰もが当たり前の様に受け入れるべきことである。

そうは言っても、いつまでも作品として、あなたはきっと生きていらっしゃるのだと感じています。

 

ご冥福をお祈りいたします。

 

これが書きたかっただけ。

その為に、久しぶりにこうして書き出したまででした。

毎日を生きる事。

それは当たり前の事ではない事。

 

忘れないようにしましょう。